ひしひしと淋しさが
  親しくお付き合いしていた人が亡くなりました。

そんなにしょっちゅう会っていたわけではないけど、たまに

会って近況を話すのが習わしになっていた人が、急にいなく

なって・・・

 

ひしひしと淋しさが

          宮中雲子

 

パーキンソン病の症状が出始め

前につんのめって

いつ事故にあうかとの心配も

もうしなくていい

 

夜中に目が覚めて

話し相手がないのは淋しいと

かかってきていた電話

いつ起こされるかとの不安もなくなった

 

いい音楽会をみつけて

誘ってほしいと

いつも待たれている

気分的負担もなくなった

 

この世に別れを告げ

私を軽くしてくれた分

ひしひしと淋しさが…

 

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祈り
祈り
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第17回宮中雲子音楽祭
宮中雲子音楽祭のポスター
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つづくといいな
  2004年11月9日、愛媛県西予市三瓶町で

第17回宮中雲子音楽祭が行われました。

合唱団によるコンクールの形式で、少年少女の部、

一般の部によって、各部共通の課題曲と

それぞれの自由曲が歌われました。

課題曲は毎年宮中雲子の作品で、今回は

「つづくといいな」作曲は湯山 昭氏。

湯山氏は審査員として音楽祭に参加されました。

 

  つづくといいな

           宮中雲子作詩

           湯山 昭作曲

 

みんながいて

えがおがある

かぞくなかよく

すてきなきょう

  つづくといいな いつまでも

 つづくといいな いつまでも

 

なかまがいて

あそびをする

じかんをわすれて

たのしいあした

  つづくといいな いつまでも

 つづくといいな いつまでも

 

ことりがいて

さえずっている

はなもひらいて

へいわなみらい

  つづくといいな いつまでも

つづくといいな いつまでも

 

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栄誉はトロフィーに
金賞のトロフィー
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三瓶・海の駅
三瓶海の駅
| - | 11:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
夢から覚めて

  故郷の実家を何とかしなければならなくて、

母に相談したいのに

そんなことにはお構いなしで、

ふっと夢にあらわれ、ふっと去って行く母。

そちらから、助けてほしいのと訴え続けているのだけれど。

 

  夢から覚めて

        宮中雲子

 

あの世へ行っても

たまには帰ってくることがあると

夢にあらわれる母

 

もう あなたとは違う世界にいるのだから

何も言うことはないけど

平和に暮らしていることを

知らせておきたいと思って・・・

 

そ言う母は 若々しく

元気に働いていた頃の姿

 

老いた人や 病んでいる人ばかりでは

あの世も大変だから

働き盛りに戻して

受け入れているのだろう

 

永遠に年をとらない世界へ

行くとしたら

私は四十歳台で暮らしたいと

夢から覚めて 思っている

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あの世のものかと
あの世のものかと
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観音岬・寝観音
寝観音
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母とケヤコ先生の墓
  私が小学校1年生のとき、母の同級生の井上ケヤコ先生が

担任だった。1年生の初めての冬、母は妹の入院に付き添って

隣町の病院へ行き、私は伯母の婚家先に預けられていたが、

手はひび割れ、ソックスは破れて、哀れな風体になった。

それに気付いたケヤコ先生は、ひび割れに薬を付け、靴下を

持ち帰って繕ってきてくださった。

 

母とケヤコ先生の墓

           宮中雲子

母の墓の向かい側

新しい墓に入ったのは

母の小学校の同級生で

私が小学1年生の時の担任だった

井上ケヤコ先生

 

今は先生の息子さんが

宮中雲子音楽祭の実行委員を

してくれている

 

十数年を経て

彼岸で再会した 母とケヤコ先生

残してきた娘や息子のつきあいを

喜んでいるに違いない

 

音楽祭も 回を重ね

この頃は墓参りも

音楽祭で帰省した時だけになり

来年も 音楽祭で

帰省することが出来ますようにと

母とケヤコ先生の墓に

しっかり 手を合わせる 

 

*2005年の作品。ケヤコ先生の息子さんも昨年亡くなられ

 墓の中の人々に、感謝の祈りをささげるばかり。

 

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